【低山ぼっち】宇都宮アルプス縦走してきたよ【里山歩き】
ハイサイ!寒い日が続きますが、皆様、風邪などひかれていませんか?
我が職場では12月に入ってから、胃腸炎や体調不良により休まれる方が多く、仕事のしわ寄せが結構ありまして、ずっと残業続きに・・・
趣味からも山も完全に遠ざかってしまい、ストレスが~!!!
てなわけで、ちょっと朝早く起きれた本日、ずっとクリアしたかった宇都宮アルプス完全制覇に行ってまいりました。
ついでに、地図アプリの性能を再確認したのと、ヤマレコの重要性をやっと理解してきました(苦笑)。いやごめん。昭和の人間なので、技術の進歩についていけないんだわ。
というわけで、簡単ながら報告っとな。
9:00 宇都宮冒険活動センター 出発
本日冬型の気圧配置のため、風が予想以上に強めだったので、どうしようかなぁ~とか悩んでいたら、出発が遅れてしまった・・・
今日は篠井の冒険センターから、徳次郎登山口までの縦走なのでサクサク進んで行きますよ。
冒険センター内の建物には人がいっぱいいました。寒い中、子供が暴れていましたよ。
ちなみに地図も事務所でもらえるようです。ゲットしておきましょう。
9:10 登山口到着
来年1月までは伐採関連で他のルートは通行禁止だそうです。ここからさくさくと登って行きます~
10分ほどで展望台到着っとな。前回は日光連山よく見えたのですが、残念。
さて、ここからは、なかなかの急坂を登って行くと・・・
9:40 榛名山 山頂
1座目 制覇っとな。少しモヤってるけど、里山がいい感じで見える。素敵。
だいぶ登って来たねぇ~♪ ここからの景色も好きですが、次の山に行きますよ。
9:55 男山到着
2座目制覇!山頂プレート撮影忘れちゃった。風強くなってきたので、先急ぎます!
10:20 本山 到着
サクサクっと3座目制覇!
日光方面ガスっちゃって見えないけど、とりあえずここで休憩っと。
実は黙々と登ってしまったせいで、途中の鉱山跡??発掘跡地??の案内板見逃してしまい、地味にショックを受けていたり・・・(^_^;)
でも大丈夫。実は本山山頂の直下に、採掘坑跡があるんだよぉ~♪(´∀`*)ウフフ
どど~ん!伝わらないだろうけれど、結構深いのでちょっぴり怖いスポット。
山頂の手前、左側に踏み跡があります。奥の方まで撮影したかったけど、怖くて無理ったら。
このあたり見渡した感じでは、3つぐらい坑口みたいな穴がありました。写真のは露天掘りの跡らしいです。長さ100mほどもあり、見ごたえありますよ。
篠井金山、富井鉱山と呼ばれたこのあたりは、金の他に紫水晶なんかも採れたらしく、歴史的(鉱物学的)にはかなり有名な場所なんだそうです。
このまま沢のあたりまで坑口穴があるんだそうで、ちょい昔、「鑑定団」で富井紫水晶が100万という鑑定結果が出たことで有名になり、鉱物マニアがこぞってこのあたりを発掘したとかなんとか。(ネット情報なので確認してませんが。)
人間の欲を垣間見る一瞬。
というか、地元宇都宮のこと、知ってるようで知らないもんですな。
日向鉱山跡を訪れて以来、俄然、鉱山跡に興味が湧いてきたので、篠井金山・富井鉱山をちゃんとしっかり調べてから、また改めて訪れることにしましょう。
※2018.2.5 ブログ一番下に篠井金山の歴史について、まとめを書いてみました。
というわけで、次の飯盛山へ向かいます。
ここからは行く人も少なく、道も時々悪し。のっけからロープとかもうねwww
しかもこの、小さい案内見逃して、道迷いしました・・・(汗)
低山登山の洗礼を受けた感じです。いや、踏み跡ちゃんと見ていれば間違えないんですが・・・
オバカな私は間違えたけど、ちゃんと案内板はあるので基本的には大丈夫。
植林の中をテクテク歩いていく。
鉄塔の横の急坂を登って行くと・・・
11:20 飯盛山 到着
4座目制覇ですが、微妙な写真しかなくてすんません。お夫婦が楽しそうにご飯食べてたので、撮影控えました・・・
そんでもって、ここの山頂は広いのに、なぜか端っこにちょこんと座って、休憩がてら素敵なご夫婦としばし情報交換。
梵天の湯から羽黒山までのハイキングコースを勧められた。1月末から蝋梅が見事なのだそうです。それは楽しみ♪
ご夫婦はここから冒険センターへ戻るとのことなので、ここで別れて、私は高館山へ。言い忘れましたが、基本的に宇都宮アルプスの山々、山頂付近は急坂です。しかも落ち葉が滑る滑る!ロープがないと危ないってば。
ヒィヒィ言いながら降りて行くと~
一度林道に出ちゃいます。ここに車を駐めて登られてきた方もいらっしゃいましたよ。
ここからは少し林道を歩いて、分岐を探します。
看板が壊れてる・・・このあたりから、地図アプリが活躍しだします。
雰囲気もなんか暗い・・・地図アプリのおかげでどうにか行けてるが不安だ・・・
まぁ歩きやすいし、昭和な看板もあって癒されるっちゃ癒されるんだけど。
12:05 高館山 到着
景色悪いけれど、ここも山頂広い!ここで5座目制覇とな。
「友達100人出来るかな~♪」の、おにぎりが似合いそうな山だなぁとか思いつつ、次に向かいます。
ここから、徐々にヤブっぽくなってきます。人の気配なんぞありませぬ。
ここ行くのかぁ・・・なんか蛇とか突然降ってきそうで嫌だなぁ・・・
ヤブを抜ければ、一応快適な登山道に。そして・・・
12:30 黒戸山 山頂
6座目~!てか、通過点です。ここ。てなわけで、中徳次郎(とくじら)登山口方面へ降りていきますよ。(写真が暗いのは、フラッシュ持ってくの忘れたから)
黒戸山からの眺め。今まで歩いてきた山と里山が一望できます。
黒戸山から急坂を降りて、林道へ。
やっとここまで降りてきました。が、ここからが私にとっては一番の試練。
まず左折(下に降りる感じ)して、鬼山?になるのかな??
カーブミラー横のピンクのテープが取り付き点とかもぅwww
こんな経験始めてなので、超ドキドキしながら登っていったら、ボルダリングの方々に遭遇!ちょっと人に出会うと思っていなくて、激しく動揺してしまい、挨拶出来ませんでした!本当にごめんなさい!!!
そしてこの山、巨大な岩ばかりでちょっち怖い。ボルダリング的には良いところなのかしら?あまり興味がないからわからないわ・・・
てなわけで、7座目の山頂なんだけれど、看板ない上に、地図上では「兜山」みたい。
でも鬼山って言う人もいるんだよね。私的にはこだわりはないので、どっちでもいいです。そんでもって、下山時に踏み跡間違えてヤブを突き進むことに・・・トホホ・・・
再び分岐の林道に戻って、次は右折方面へ。
ちなみにこちらの取り付き点には「兜山」との案内が・・・
地図ではさっきの山が「兜山」なのですが、どっちが正解なんだろ?
まぁ、細かいことは気にしない。どちらも大きい岩がお出迎えするので、変わり映えしませんし。
そして、地図アプリではこのあたりが山頂と言っていたんだけど、プレート見つからず。てか、たぶんこの岩を登らないと行けなかったんだろうなぁ・・・
一応8座目ってことで。
分かれ道をなぜか右に曲がってしまったのだけれど、たぶんまっすぐですね。一周出来るのかと思ったら、そうは行かなかった・・・
同じところをぐるぐるしてしまって、不安になって戻ってしまったので、どこかのサイトで見た看板までたどり着けませんでした。無念!
というわけで、縦走終了!このあとは長い林道歩きだよ~!
13:30 ~ 14:30 テクテク歩いて、スタート地点へ(1時間歩いたのか・・・)
人気のない林道を歩いて歩いて・・・
田園風景の中を歩いて歩いて・・・
14:30 スタート地点の駐車場到着!
最後の、この1時間の歩きが一番寒くて辛かった~!(TOT) もう二度とやらない!
体冷え冷えで温かいもの食べたかったのですが、駐車場にある食堂は、午後2時までの営業で無念・・・
おとなしく家に帰りましたとさ・・・(´・ω・`)ショボーン
というわけで、宇都宮アルプス制覇してきました。
菓子パン1個でトータル13.9km。2200kcal消費しつつも元気に歩けたのは、たぶんストレス食いで中性脂肪を溜め込んでいたからかな?
でも内臓まで冷え切ってしまっていたので、一瞬胃腸炎っぽくなってしまい、ちょっと危なかった。
そして、地図アプリがないと全然ダメダメで、だいたい分岐の踏み跡を見逃す私のスキルの無さに呆然。
少しづつ、スキルを身に着けて行こう。あと、寒いので防寒着も身につけて行こう!
追記 ※2018.2.5
篠井金山について、ちょっとだけ調べてみたので簡単にまとめ。
金山開発の経緯は不明なんだけど、市の無形文化財にも指定されている「篠井の金掘唄」から推測するに、室町(戦国期)時代から江戸時代初期にかけて金鉱が発掘され始めたらしい。
詳しく言うと、水戸藩の佐竹氏が絡んできますね。茨城の方では佐竹氏主導で金山開発が盛んに行われていて、宇都宮氏21代目当主広綱(1545-1576)のところに佐竹氏の娘が嫁いできたことをきっかけに、金山開発が本格始動したようです。
この当時使用されていた鉱石を砕いた石臼などが、近隣農家の庭先にあるそうなんですが、、、
見てみたいけどこのご時世、勝手に人の家の庭見たら不審者になるので注意な!!
そんでもって、1856年に宇都宮藩が金鉱山の再開発を幕府に願い出て、幕末まで採掘されていたようで、1857年の産金額は20貫(75kg)ほどはあったそうです。(その後は不明)ただ水抜工事とか諸経費がかさみ経営は困難を極め、長続きせず。資金欠乏のため廃坑に。
んでこのあと、何度も中止と再開発がくりかえされます。
一番発展したのは、明治30年頃。三井鉱山(株)により大々的に開発が進められるも半年ほどで撤退。この時、百数人の人夫のための社宅や溶鉱炉(?私メモに書いてあったんだけど、今見返すとホントかしら?)も建設されたようです。
三井のあと、大篠鉱山→日立鉱山→日東鉱山→富井鉱山(東邦亜鉛)と金主が次々変わります。富井鉱山の時は、金じゃなくて銅山として稼行し、昭和48年に閉山。今に至ります。
なお私的まとめなので、間違いがあるかも。知りたい方は、参考文献で確認されたし。
あと、富井鉱山から出た『紫水晶』。
現在、那須野が原博物館にて企画展「みんなの鉱物大百科」にて展示されてますので、ご興味がある方はぜひ行ってみて。
展示 企画展 企画展 栃木県立博物館移動展 みんなの鉱物大百科 那須野が原博物館
鑑定団で高額査定ってのは本当だそうですよ。ヨカッタ!
県内の鉱物が一同に集まっていて、とても勉強になりました。ポスンジャック石という名前と色が一番のお気に入りです。
この世界も奥が深いなぁ。
というわけで、調査終了!
鉱物よりなにより、宇都宮藩のドロ沼の歴史が一番ムカついて気分悪かった。
参考文献
❍篠井ガイドブック ふるさとの歴史と風土 篠井ガイドブック編さん委員会 平成14年2月
❍篠井村郷土誌 昭和6年末編集発行
❍しのいの散歩道 阿久津 義正 2013年11月発行
❍第109回企画展 こんなにあるよ!とちぎの鉱物 鉱山と鉱石のものがたり~ 栃木県立博物館 平成26年7月19日発行